農業就業者の減少と高齢化を起点に、法人経営の重要性と生産シェアの拡大、新規就農者の3区分、人的資源管理(HRM)の5要素を整理する。さらに日本農業法人協会554法人へのアンケートに基づく従業員離職率の規定要因を分析し、新・農業人フェア2011の就業希望者526名の意向調査までを、原典のデータに即して通読する。
農業の競争力と持続可能性は、農業就業者の減少と高齢化と表裏の関係にある。経営規模の拡大やイノベーションを担う人材の確保が喫緊の課題である。
講義は「人的資源をめぐる問題」から始まる。基幹的農業従事者数と平均年齢(図1)、5年以内の後継者の確保状況別の経営体数(図2)が示され、就業構造の縮小と高齢化が確認される。
これを受けて、雇用者数(図3)と法人経営体数(図4)、経営耕地面積規模別の経営体数(図5、都府県)が取り上げられ、法人経営の重要性が導かれる。
農業法人の作付(栽培)面積・飼養頭羽数のシェアは、2005年から2020年にかけて大きく上昇している。とりわけ畜産部門で高く、経営体数のシェアに比して大幅に高い水準にある。
| 耕種部門 | 2005 | 2020 | 畜産部門 | 2005 | 2020 |
|---|---|---|---|---|---|
| 稲 | 2.3 | 16.0 | 乳用牛 | 12.9 | 37.7 |
| 麦類 | 6.4 | 30.1 | 肉牛 | 25.8 | 51.0 |
| 豆類 | 7.9 | 33.5 | 豚 | 65.3 | 87.7 |
| 野菜類 | 4.7 | 16.6 | 採卵鶏 | 80.2 | 94.2 |
| 果樹類 | 2.2 | 5.8 | ブロイラー | 51.5 | 70.8 |
新規就農者は、新規自営農業就農者・新規雇用就農者・新規参入者の3つに区分される。それぞれ定義が明確に分けられており、農業法人の人的資源管理では新規雇用就農者が中心的な対象となる。
農家世帯員で、調査期日前1年間の生活の主な状態が「学生」から「自営農業への従事が主」になった者、および「他に雇われて勤務が主」から「自営農業への従事が主」になった者。
調査期日前1年間に新たに法人等に常雇い(年間7か月以上)として雇用されることにより農業に従事することとなった者(外国人研修生・外国人技能実習生、および雇用される直前の就業状態が農業従事者であった場合を除く)。
調査期日前1年間に土地や資金を独自に調達(相続・贈与等により親の農地を譲り受けた場合を除く)し、新たに農業経営を開始した経営の責任者および共同経営者。共同経営者とは、夫婦そろっての就農、または複数の新規就農者が法人を新設して共同経営を行う場合の、経営責任者の配偶者その他の共同経営者をいう。
人的資源管理(HRM: Human Resource Management)とは、人材を重要な経営資源として位置付けたうえで、有効活用するための仕組みを構築し、運用することである。
業務の種類および責任の大きさをもとに、管理上望ましい職種および階層を決定する。
必要な人材を社内外から獲得し、適切な仕事(部署・職位)に配置する。
人材の職務遂行能力の向上を図る。
各人の働きぶりを適切に測定する。
各人の働きぶりに応じた処遇を行う。
農業法人における人的資源管理の影響要因が成果変数に与える影響を計測する。成果変数は「従業員離職率」であり、㈳日本農業法人協会所属の農業法人を対象としたアンケート調査を用いる。
従業員離職率 = 調査時点前5年以内に雇用した正規社員のうち、調査時点前に離職した者の割合。
離職率の分布をみると、離職率0の法人が15.0%を占める一方、離職率40%以上の法人が28.0%に達する。低離職率(0〜40%)が72.0%、高離職率(40〜100%)が28.0%という二分が、後の分析の軸になる。
| 離職率(%) | 件数 | 構成比(%) |
|---|---|---|
| 0 | 37 | 15.0 |
| 0〜10 | 68 | 27.6 |
| 10〜20 | 42 | 17.1 |
| 20〜40 | 30 | 12.2 |
| 40〜50 | 35 | 14.2 |
| 50〜90 | 20 | 8.1 |
| 90〜100 | 14 | 5.7 |
| 0〜40(低離職率) | 177 | 72.0 |
| 40〜100(高離職率) | 69 | 28.0 |
| 全体 | 246 | 100.0 |
募集理由は労働力不足(62.2%)と経営規模の拡大(58.5%)が大半を占める。採用時に重視する資質では農業に対する熱意(63.0%)が突出し、次いで長く働く可能性(47.2%)が続く。
各項目は「離職率 低/高/全体」の3列。数値は%。
| 項目 | 低 | 高 | 全体 |
|---|---|---|---|
| 従業員の募集理由(複数回答) | |||
| 労働力不足 | 62.1 | 62.3 | 62.2 |
| 経営規模の拡大 | 59.3 | 56.5 | 58.5 |
| 新規部門の開始 | 27.7 | 27.5 | 27.6 |
| 将来の経営継承 | 24.9 | 33.3 | 27.2 |
| 販売対策の強化 | 18.6 | 14.5 | 17.5 |
| 新技術の導入 | 6.2 | 7.2 | 6.5 |
| その他 | 2.3 | 4.3 | 2.8 |
| 従業員の募集方法(複数選択) | |||
| ハローワーク | 43.5 | 50.7 | 45.5 |
| 「新・農業人フェア」等説明会 | 15.8 | 33.3 | 20.7 |
| 口コミ | 22.0 | 15.9 | 20.3 |
| 農業高校・大学校への依頼 | 22.0 | 4.3 | 17.1 |
| 自社のホームページ | 10.7 | 17.4 | 12.6 |
| 新規就農相談センター | 8.5 | 13.0 | 9.8 |
| 求人雑誌 | 9.0 | 10.1 | 9.3 |
| チラシ | 6.2 | 5.8 | 6.1 |
| 県や市町村の支援策 | 1.7 | 1.4 | 1.6 |
| 農協 | 0.6 | 0.0 | 0.4 |
| その他 | 4.0 | 2.9 | 3.7 |
| 従業員採用時に優先する経歴 | |||
| 新規学卒者 | 29.4 | 18.8 | 26.4 |
| 就業経験者 | 25.4 | 21.7 | 24.4 |
| どちらとも言えない | 40.1 | 59.4 | 45.5 |
| 従業員採用時に重視する資質(2つまで選択) | |||
| 農業に対する熱意 | 61.0 | 68.1 | 63.0 |
| 長く働く可能性 | 46.9 | 47.8 | 47.2 |
| 若さ | 17.5 | 11.6 | 15.9 |
| 役員になる可能性 | 9.0 | 18.8 | 11.8 |
| 農業で独立する可能性 | 6.2 | 13.0 | 8.1 |
| 農業経験 | 6.2 | 11.6 | 7.7 |
| 社会経験 | 8.5 | 1.4 | 6.5 |
| 経営を継承する可能性 | 5.6 | 7.2 | 6.1 |
| 地元出身 | 7.3 | 2.9 | 6.1 |
| 専門的技術 | 3.4 | 5.8 | 4.1 |
| 特にこだわらない | 7.3 | 13.0 | 8.9 |
従業員に求める作業内容は他の従業員の指導(50.8%)や専門的な技術・作業経験が必要な作業(44.7%)が上位を占める。育成方針では一般従業員のまま(42.3%)が最多だが、独立・後継者・共同経営者として育てる方針も一定割合ある。
各項目は「離職率 低/高/全体」の3列。数値は%。
| 項目 | 低 | 高 | 全体 |
|---|---|---|---|
| 従業員に求める作業内容(複数回答) | |||
| 他の従業員の指導 | 49.2 | 55.1 | 50.8 |
| 専門的な技術、作業経験が必要な作業 | 42.9 | 49.3 | 44.7 |
| 経営を含めた法人代表のサポート | 24.3 | 39.1 | 28.5 |
| 短期間で覚えられるが、繰り返しの多い作業 | 23.2 | 13.0 | 20.3 |
| 様々な作業がある | 13.6 | 26.1 | 17.1 |
| 短期間で覚えられるが、きつい作業がある | 16.9 | 7.2 | 14.2 |
| その他 | 1.7 | 0.0 | 1.2 |
| 従業員の育成方針 | |||
| 一般従業員のまま | 47.5 | 29.0 | 42.3 |
| 農業経営者として独立 | 16.4 | 18.8 | 17.1 |
| 自分の経営の後継者 | 14.7 | 18.8 | 15.9 |
| 共同経営者 | 13.6 | 20.3 | 15.4 |
| 考えたことがない | 7.9 | 4.3 | 6.9 |
| その他 | 2.3 | 5.8 | 3.3 |
離職原因は別の仕事に転職(45.1%)が最多で、仕事が合わない(31.3%)が続く。両項目は高離職率群で著しく高い(転職 低39.5%/高59.4%、合わない 低23.7%/高50.7%)。
| 離職原因 | 低 | 高 | 全体 |
|---|---|---|---|
| 別の仕事に転職 | 39.5 | 59.4 | 45.1 |
| 仕事が合わない | 23.7 | 50.7 | 31.3 |
| 健康上の理由 | 17.5 | 17.4 | 17.5 |
| 勤務状況等の問題で解雇 | 13.6 | 26.1 | 17.1 |
| 家族の問題 | 15.3 | 14.5 | 15.0 |
| 独立して就農 | 13.0 | 17.4 | 14.2 |
| よくわからない | 13.0 | 13.0 | 13.0 |
| 高齢化 | 6.2 | 2.9 | 5.3 |
| その他 | 7.3 | 5.8 | 6.9 |
| 評価 | 低 | 高 | 全体 |
|---|---|---|---|
| 十分採用できた | 28.2 | 21.7 | 26.4 |
| ほぼできた | 25.4 | 17.4 | 23.2 |
| ある程度できた | 19.8 | 15.9 | 18.7 |
| あまり採用できなかった | 5.6 | 13.0 | 7.7 |
| ほとんど採用できなかった | 1.7 | 13.0 | 4.9 |
| 採用予定がなかった | 10.7 | 11.6 | 11.0 |
環境変数・待遇変数が、雇用のミスマッチと離職コストを介して離職率に及ぼす影響を整理する。多くの待遇変数は離職コストを高めることで離職率を低下(-)させる。
| 変数 | 雇用の ミスマッチ |
離職 コスト |
離職率 への影響 |
|---|---|---|---|
| 環境変数 | |||
| 経営規模 | 低 | ― | - |
| 従業員年齢 | ― | 高 | - |
| 雇用環境影響度 | 高 | ― | + |
| 待遇変数 | |||
| 就業規則・給与規定・定期昇給 | 低 | 高 | - |
| 労災保険 | 低 | 高 | - |
| 雇用保険・年金保険 | 低 | 低 | +/- |
| 扶養手当・住宅手当・通勤手当 | 低 | 高 | - |
| 昇給制度の設定・退職金制度の設定 | 低 | 高 | - |
| 労働時間の設定・休日の設定 | 低 | 高 | - |
表中「―」は原典で空欄の項目。「+」は離職率を高める方向、「-」は低める方向、「+/-」は両方向の可能性を示す。
大きいほど HRM のノウハウの蓄積が進むため、雇用のミスマッチが少ない。
高いほど転職先を探すことが困難になるため、離職コストが高い。
高いほど雇用環境の変化による雇用の調整が必要となるため、雇用のミスマッチが多い。
労働条件の改善という点で雇用のミスマッチを減少させる。
従業員の離職時の保障となり、従業員の離職コストを低下させる。
従業員が離職によって失う利益が大きいことを意味するため、従業員の離職コストを高める。
分析は4点に集約される。待遇改善は離職率低下に効くが、それだけでは経営の持続的発展に不十分であり、経営者の育成・能力開発を含む HRM の強化が必要だと結論づけられる。
農業法人における HRM は、とくに経営者の育成と多様な人材の育成に関して改善が必要。
従業員の待遇改善は、全体の離職率の低下には効果があるが、経営の持続的な発展という点では不十分。
従業員のトレーニングにおいては、作業の強度などの問題よりも、従業員の能力向上の問題が離職率に影響している。
OJT の改善、従業員の能力開発など、HRM の強化が必要である。
新規雇用就農者は非農家出身者の割合が高く、新規学卒者の割合が低い。農業や農村に関する知識・経験が少ない一方、農業以外の就業経験が多様である。有効な就農プロセスの確立には、就業希望者の意向把握が重要となる。
「新・農業人フェア2011」の東京・札幌・名古屋の3会場において、農業法人への就業を希望する者に対してアンケート調査(「農業法人への就業希望者の意向調査」)を実施し、526名から回答を得た。
数値は%。全体の回答者数=500。「大学生一般」は比較参照(出典は表下に記載)。
| 区分 | 収入さえ あればいい |
楽しく 働きたい |
自分の夢の ために働きたい |
個人の生活と 仕事を両立 |
プライドの もてる仕事 |
人のために なる仕事 |
出世 したい |
社会に 貢献したい |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全体(n=500) | 5.2 | 35.2 | 18.0 | 17.4 | 7.2 | 9.2 | 0.2 | 8.4 |
| 年齢階層 | ||||||||
| 19歳以下 | 0.0 | 50.0 | 41.7 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 8.3 |
| 20〜29歳以下 | 1.3 | 39.9 | 17.7 | 13.9 | 10.8 | 9.5 | 0.0 | 8.9 |
| 30〜39歳以下 | 5.4 | 33.6 | 12.8 | 21.5 | 7.4 | 12.8 | 0.0 | 7.4 |
| 40〜49歳以下 | 10.2 | 30.6 | 22.2 | 17.6 | 2.8 | 8.3 | 0.0 | 8.3 |
| 50〜59歳以下 | 7.4 | 27.8 | 20.4 | 25.9 | 9.3 | 5.6 | 0.0 | 3.7 |
| 60歳以上 | 5.6 | 50.0 | 16.7 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 27.8 |
| 参照 | ||||||||
| 大学生一般 | 1.6 | 32.6 | 11.0 | 21.2 | 8.7 | 17.5 | 1.1 | 6.3 |
本講義は、農業就業者の減少・高齢化を起点に法人経営の重要性を確認し(表1)、新規就農者を3区分で整理したうえで、人的資源管理(HRM)を「人材を重要な経営資源として有効活用する仕組みの構築・運用」と定義する。
日本農業法人協会1,708法人へのアンケート(回収554、有効221)に基づく分析からは、待遇改善が離職率低下に効く一方、それだけでは経営の持続的発展には不十分であり、作業強度よりも従業員の能力向上の問題が離職率に影響すること、そして経営者の育成と OJT・能力開発を含む HRM の強化が必要であることが示された。
就業希望者526名の意向調査では、就職観として「楽しく働きたい」が最も高く(全体35.2%)、「収入さえあればいい」は低い(5.2%)。非農家出身・多様な就業経験を持つ雇用就農希望者の意向把握が、有効な就農プロセス設計の前提となる。