イノベーションとは「新しいものを取り入れる、もしくは既存のものを変える」こと。シュンペーターの類型から、革新領域・従来技術との関係・クリステンセン・技術と市場の関係による分類、イノベーション・マネジメントの特質、そして水田作経営における4つの革新的技術(飼料稲・不耕起栽培・直播栽培・JAS有機)の課題までを学ぶ。
イノベーションとは、「新しいものを取り入れる、もしくは既存のものを変える」こと。「技術革新」と訳されることが多いが、本来は広く革新を意味する。
イノベーションは、経済的な成果を目指し、製品や製法が市場で受け入れられてはじめて実現する。その意義は、社会に便益を生み、経営の競争力を向上させることにある。
イノベーションは、革新領域・従来の技術等との関係・クリステンセンの考え方・技術と市場のあり方の関係という4つの観点から分類できる。
革新的な新製品・新サービスを開発する。
製品・サービスの生産・流通過程に革新を起こす。
従来の延長線上に漸進的に改善していくもの。
従来なかった画期的なものを生み出すもの。
経済発展の原動力に関する考え方には、次の3つがある。
アイデアによる新しい製品・製法で経済が発展する。
インフラ、制度、法律の整備によって経済が発展する。
市場を創り出すイノベーションを経済発展の原動力とみる。
「市場創造」を重視する考え方では、イノベーションを次の3つに区分する。
既に市場に存在しているものを少しずつ改良する。大きな変革には至らず効果は限定的(少し作業時間が短縮できる、少し収量が上がるなど)。
より少ない資源でより多くのことを可能にする。少し資源を減らしてコストを削減できる。根底にあるモデル・対象は変わらず、大きな発展にはつながらない。
単に新規市場を開拓するものではない。製品やサービスがそもそも存在しなかったり、コストの問題で手に入らない、専門知識が不足して利用できない(無消費)の人たちに手を差し伸べるもの。
既存の技術体系を破壊するような技術体系に基礎を置き、全く新しい市場を開拓する。
企業家型経営者既存の技術体系を強化する方向でありながら、全く新しい市場を開拓する。
市場志向型経営者既存の技術を破壊するような技術体系にありながら、既存の市場を開拓する。
技術指向型経営者既存の技術体系を強化し、しかも既存の市場を深耕する。
管理者型経営者4つの革新類型それぞれに、対応する経営者特性がある。どのタイプの革新を担うかによって、求められる経営者像が異なる。
→ 企業家型経営者
→ 技術指向型経営者
→ 市場志向型経営者
→ 管理者型経営者
イノベーション・マネジメントとは、イノベーションの特質を理解し、主体的にその創出や活用に取り組むこと。その特質には「相互依存性」と「イノベーターのジレンマ」がある。
補完性がある場合:ある技術が他の技術との間に補完性があると、相互に結びついて補完関係を作ることによって価値を生む。イノベーションの普及は、関連技術の存在による補完関係によって実現する場合が多い。
互換性がある場合:ある種の技術に他の技術との間に互換性があると、他の技術の普及を通じて互換性のある技術も普及する(逆に互換性がない場合は技術間で競合する恐れがある)。
通常的革新は競争力の源泉となり、生産性は上昇していくが、独創性を阻害し大きな革新が生まれなくなる「イノベーターのジレンマ」に陥る危険性がある。
水田作経営では、飼料稲・不耕起栽培・直播栽培・JAS有機の4つの革新的技術が取り上げられる。生産プロセスにおける技術革新としては概ね成功しているが、十分に普及しているとは言い難い。
類型の対応は図2(SECTION 07)の整理による。
これらの革新的技術は、開発され、農業経営への導入が試みられ、漸進的に改善され、現場レベルの生産過程において実際に用いられる技術として確立された。しかし十分に普及しているとは言い難く、導入した経営において十分な経営成果をもたらしているとも言い難い。
田植機、自脱型コンバイン等の普及が進み、15ha 程度を限界とする中型機械化作業体系が確立した。この結果、作業別労働時間は耕起・田植・収穫等を中心に減少した。
しかし移植栽培では、育苗・田植作業等の春作業が規模拡大の制限要因となる(さらに秋作業の労働ピークもある)。
水田作経営における革新的技術が真のイノベーションに至るには、5つの課題がある ── 技術の普及、相互依存関係、不確実性、経済性、そしてイノベーションの発展。
稲作作付面積に占める直播栽培面積・不耕起栽培面積、転作面積に占める飼料稲の作付面積、米生産量に占める有機認証米の割合は、いずれも1%未満でしかない。技術導入が比較的進んでいる地域でも普及率は伸び悩んでいる。
革新的技術を導入している経営でも、全ての水田で導入しているわけではない。いまだにイノベーションの離陸期に到達していない。基本技術が開発されてからの時間を考えると、普及のための条件の確立が求められる。
技術の普及には、技術間の互換性と補完性が重要。革新的技術の導入には土地や水の基盤条件などが求められるが、革新的技術どうし、革新的技術と従来技術、さらに経営内・地域内の他部門の技術との相互関係も重要となる。
例)不耕起栽培と直播は補完性が高く、同時に導入されるケースが多い。不耕起栽培の事例では JAS有機への取り組みもみられ、両立を目指すものもある。飼料稲は米単作地帯とともに畜産が活発な県に作付けが集中し、畜産部門との連携なくしては導入が困難。野菜などとの複合経営の中でクリーニングクロップとして位置付けた事例もみられる。
革新的技術がもたらす効果には不確実性が伴うのが一般的。飼料稲は食用稲と同様の栽培方法が使えるため生産プロセスの不確実性は比較的小さいが、革新的技術導入のリスクは導入・普及の制約条件となる。
リスクには、技術自身に起因する不確実性だけでなく、政策変更等の制度的リスクも影響する。技術自身に起因する不確実性は漸進的改善で低下させられ対策も立てられるが、政策的枠組みが変革される過程では、技術に起因しない不確実性により新技術導入は抑制的にならざるを得ない。
革新的技術の事例の多くが経済性の問題を抱えている。飼料稲は、1つの生産物と考えた場合、補助金抜きの価格水準では大幅な増収技術が確立されない限り経済的に成立しない。飼料稲の栽培技術は食用稲に準じたもので、品種特性は異なるがプロダクト・イノベーションとしての性格が強く、低コスト化・多収化を伴うプロセス・イノベーションが求められる。
不耕起栽培・直播は基本的にプロセス・イノベーション。普及には、革新的技術の導入を生産物の価格につなげるためのイノベーションが必要。不耕起栽培には生物多様性の保全、水質汚染・大気汚染の抑制効果などがあるが、環境配慮への社会的評価が経済的に評価されなければ成立が困難であることが示されている。これは水田作経営の環境性と社会性に関わる問題である。
革新的技術の導入があまり進んでいない実態には、既存技術の漸進的改善(通常型技術革新)の成功によって革新的技術の導入が進んでいないという側面もある。通常型技術革新は新技術の確立の面で重要だが、革新的技術導入を阻害する恐れがある。
一方で、革新的技術が導入・定着する過程では、漸進的改善である通常型技術革新が伴うことが必要であり、概ね生産面での技術が確立されたという評価もできる。通常的技術革新の経済効果には相反する2つの側面がある。技術の特性と経営者の特質・経営管理・経営戦略との間にも関係がある。
4つの革新的技術のうち、直播と不耕起栽培は革命的革新、飼料稲とJAS有機は間隙創造としての特質を持つと考えられる。イノベーションの発展を「通常的技術革新から構築的革新への移行過程」と捉えると、現行は移行の途上にある。
現行のイノベーションは、通常的革新から革命的革新への移行過程、もしくは通常的革新から間隙創造への移行過程にあるが、構築的革新にまでは至っていないという評価になる。
イノベーションは単なる技術に関する現象ではなく社会的な現象であり、マネジメントの対象となるものである。
水田作経営における革新的技術が真のイノベーションへと発展するのかは、水田作経営のイノベーション・マネジメントの課題であり、新たなマネジメントの確立が求められる。