農業経営学 講義シリーズ
Lecture 6  ·  2026年4月27日(月)

農業経営の組織とマネジメント

農業経営も企業と同様、組織(=人間の集団)である。作目編成による単一経営・複合経営の分類から始め、法人化をめぐる資本構造・雇用構造のマネジメント、分業・権限・部門化・伝達・ルール化からなる組織構造、マズローの欲求段階に対応するインセンティブ・システム、そして家族経営協定までを通して、農業経営における組織とマネジメントの体系を学ぶ。

単一経営 / 複合経営 法人化 資本構造 / 雇用構造 組織構造 インセンティブ マズロー欲求段階 家族経営協定
木南章 教授(東京大学大学院農学生命科学研究科) 2026年4月27日 全25ページ 経営管理論
Contents
  1. 01. 農業経営の組織形態(単一・複合)
  2. 02. 単一経営・複合経営の長所と短所
  3. 03. 組織構造と法人化
  4. 04. 法人経営の実態 ― 自己資本と経営管理
  5. 05. 組織マネジメントと組織構造(5要素)
  6. 06. インセンティブとマズローの欲求段階
  7. 07. 家族経営の組織マネジメント
SECTION 01

農業経営の組織形態 ― 単一経営と複合経営

作目や土地利用の編成に注目すると、農業経営は部門・作目の数が1つの「単一経営」と、複数の「複合経営」に分類される。ただしこの区分は経営部門や作目の定義・範囲に依存している

作目や土地利用の編成に注目した組織形態の分類。
部門や作目の数が1つ: 単一経営
部門や作目の数が複数: 複合経営
(経営部門や作目の定義・範囲に依存している)
Type 01

単一経営

部門や作目の数が1つの経営。

  • 作目・土地利用の編成が単純
  • 規模の経済を発揮しやすい
Type 02

複合経営

部門や作目の数が複数の経営。

  • 作目・土地利用の編成が複雑
  • 部門間・作目間の補完的効果を発揮

農林業センサスにおける分類基準

農林業センサスは15の部門を設定。農産物販売金額に占める首位部門の販売金額の割合によって、次のように区分する。

80% 以上 単一経営
60〜80% 準単一複合経営
60% 未満 複合経営
例)15部門 部門設定の前提

※ 首位部門の販売金額割合:80%以上=単一経営/60%以上80%未満=準単一複合経営/60%未満=複合経営。

表 ― 農業経営組織別経営体の構成割合(全国・抜粋)

農林業センサス 2020 より作成(単位:%)
地域 単一経営計 うち稲作 準単一複合経営 複合経営
全国81.748.913.05.4
北海道57.115.220.422.6
都府県82.550.112.74.8
北陸90.683.16.92.4
沖縄88.10.69.52.4
原典 p.3 の表は、全国・北海道・都府県および9地域ブロック × 15部門(稲作/雑穀いも類豆類/工芸農作物/露地野菜/施設野菜/果樹類/花き花木/酪農/肉用牛 ほか)のクロス集計。上表は全国・北海道・都府県と特徴的な2地域(北陸・沖縄)のみ抜粋した。地域別・部門別の全数値は原典 p.3を参照。注:販売のある農業経営体に占める割合である。
全国では単一経営が81.7%と大半を占め、その中心は稲作(48.9%)。一方北海道は単一経営57.1%・複合経営22.6%と複合経営の比率が突出して高い。地域の作目構成によって組織形態の分布が大きく異なる。
SECTION 02

単一経営・複合経営の長所と短所 ― 5つの側面

単一経営の長所は規模の経済の発揮、複合経営の長所は部門間・作目間の補完的な効果。両者の長所・短所は、次の5つの面から評価できる。

両者の長所・短所は、
①経営資源の利用 ②生産技術の利用 ③中間生産物・生産物の利用 ④リスクへの対応 ⑤経営全体の対応
の面から評価することができる。
① 経営資源の利用
土地の利用
単一経営 土地利用の単純、周年利用の困難、忌地・老朽化の発生、作付け・作柄の単一・均一化
複合経営 土地の特性を生かした利用、周年利用、地力の増進、作付け・作柄の複雑・不均一化
労働力の利用
単一経営 労働の季節性、作業の単純化・効率化、作業内容別の労働分担
複合経営 労働の周年利用、作業の複雑化、部門・作物別の労働分担
資本の利用
単一経営 機械・施設の大型化、資本の集中利用・低利用率
複合経営 資本の共同利用・効率的利用
② 生産技術の利用
単一経営 高度技術の導入・熟練化、効率性の発揮
複合経営 多種多様な技術の習得、全技術習得の困難
③ 中間生産物・生産物の利用
中間生産物の利用
単一経営 未利用、処理費用の必要
複合経営 有効利用、経費の節減
生産物の利用
単一経営 大規模生産、生産物の規格化・標準化、商品生産化
複合経営 小規模生産、生産物の不均一化、自給的生産
④ リスクへの対応 ― 自然変動および需要・価格変動
単一経営 危険性、変動への対応の困難性
複合経営 危険分散、保険機能、変動への対応可能性
⑤ 経営全体の対応
単一経営 効率面等における有利性はあるが、経営間の連携、収入・支出の偏りへの対応、保険の利用などの対応が必要。
複合経営 経営の独立性は高く、収入・支出が周年的で安定しているが、効率面等における不利を集団化などによって解決する必要がある。
両者の長所を発揮しうる大規模な複合経営(=それぞれの部門や作目が独立して存立しうる複合経営)の確立が求められる。
SECTION 02 = 原典「2. 農業経営の組織構造」

農業経営の組織構造 ― 資本構造・雇用構造と法人化

一般企業では、市場との関係で資本構造のマネジメント雇用構造のマネジメントが重要な問題となる。農業経営の場合、その前段階に「法人化」の問題がある。

① 資本構造のマネジメント

資金調達や法人形態の選択など。

② 雇用構造のマネジメント

雇用慣行、雇用構成、労使関係の選択など。

これらは一般企業において市場との関係で重要な問題であり、製品市場や原材料市場との関係だけではない。
Professor Note

農業経営においては、資本構造や雇用構造に関する選択問題の前段階に「法人化」の問題がある。

法人化は、経営資源の調達、外部依存、および経営成長との関係から考えることが適当である。

一戸一法人

一戸一法人とは

自営農業を法人化した経営。

  • 作目:稲作、花きが多い。
  • 従業員規模:5人未満が大半。

2020年農林業センサスにおける農業経営体の属性区分変更

2020年農林業センサスでは、法人化している家族経営体と組織経営を統合して団体経営体とし、非法人の家族経営体を個人経営体とした。

2015年結果表章 → 2020年結果表章(2015年結果ベース、単位:経営体)
2015年の区分 経営体数 2020年の区分 経営体数
農業経営体1,377,266農業経営体1,377,266
家族経営体 うち 一戸一法人以外1,339,964個人経営体1,339,964
うち 一戸一法人(4,323)+ 組織経営体32,979団体経営体37,302
従来「家族経営体」に含まれていた一戸一法人(4,323)が、組織経営体(32,979)と統合され、2020年からは団体経営体(37,302)として扱われる。残る非法人の家族経営体(1,339,964)は個人経営体となった。
※ ( )内は各調査における公表値(単位:経営体)。2020年は概数値。原典 p.9・p.10 の概念図より作成。p.10 には2015年→2020年センサスの統合関係(家族経営体/組織経営体 → 団体経営体・個人経営体)を示す概念図(非法人・法人の内訳:2015年=非法人10,201/法人22,778/法人4,323/非法人1,339,964、2020年=非法人7,622/法人30,636/非法人1,037,423)が掲載されている。
SECTION 04

法人経営の実態 ― 自己資本と経営管理

法人経営にとって自己資本水準は大きな問題であり、増強する必要がある経営が約半数。増強方法は内部留保が主流だが、外部出資の活用も検討され始めている。

自己資本をめぐる現状

  • 自己資本水準:大きな問題。増強する必要がある経営が約半数。
  • 増強方法:内部留保が主流。家族・親族からの出資、さらには第3者からの出資を検討する経営も見られる。
  • 外部(家族・親族以外)からの出資:現状では外部出資がある経営は1割未満。一方で、多額の出資を受け入れている経営もある。
  • 外部出資者:中心は従業員。今後は、従業員の他に取引先の民間企業、投資育成会社、消費者なども視野に。

法人化と経営管理

経営管理:法人化によって財務・経理の整備、経営計画の策定、税務対策の強化、品質管理、賃金給与体系の整備などの取り組みが実施されている。
経営管理上の課題:生産コストの低減、販売ルートの拡大、生産量の拡大に力を入れる傾向が強い。
大規模経営ほど、自己資本の増強、財務体質の強化、人材育成を重視する傾向。
法人経営の継承者に関する方針としては、家族間継承が中心ではあるが、能力主義的な継承方法を志向する経営も見られる。
Professor Note

一戸一法人経営は家族を基礎とする農業経営であるが、経営管理面の向上や企業的な事業展開を志向し、法人化を契機とした事業規模の拡大や経営資源(土地、労働、資本など)の調達の外部化が進められている。

SECTION 03 = 原典「3. 組織マネジメントと組織構造」

組織マネジメントと組織構造 ― 分業と調整の5要素

農業経営も企業と同様、組織(=人間の集団)であり、活動の多くは人々の協働作業によって実施される。組織マネジメントとは、組織における協働作業を促し、率い、方向付けること。

1)組織マネジメント

組織における協働作業を促し、率い、方向付けること。経営者は自分が実行したいことを、自分だけではなく、組織マネジメントによって他人との協働、または他人を通して実行する。

2)組織構造

組織の中の協働は分業を基礎としている。分業が効果的に行われるためには、仕事の間・担当者の間の調整が必要。
組織構造=組織における分業と調整の仕組み

農業経営の組織は多数のメンバーから構成されるケースは少ないが、①分業関係、②権限関係、③部門化、④伝達と協議の関係、⑤ルール化 の5つからなる組織構造がある。

組織構造を構成する5要素

1

分業関係

経営組織の中での役割を決め、仕事の分担をどのように行うかということ。複数の人々が協働する場合、単純協業(皆が同じ仕事をする)と、分業(各人が関連する異なる作業を専門的に行う)がある。

分業は各自の能力の発揮や熟練化を促進し効率向上が期待される。しかし、仕事の単調化、組織の硬直化、分業した仕事の間のコンフリクトなどを引き起こすこともある。長所と短所を考えたうえで仕事の分担を決定する必要がある。

2

権限関係

役割の間で意思決定の権限をどのように与えるかという問題。専門化された仕事には、その内容に応じた権限と責任が与えられなければならない。

経営者への権限の集中 ― 長所:大局的な視野による意思決定が可能。短所:情報伝達面で意思決定に要する時間、質の低下。

3

部門化

役割同士を結び付けてグループ化すること。組織の中で、命令の指揮系統は単一でなければ混乱を招く。

一人が管理できる人間や仕事の数には限度がある。⇒ 適当なまとまりごとに役割をグループ化して管理することが必要となる。

4

伝達と協議の関係

役割の間の情報伝達と協議のあり方は、分業する人々の間のコミュニケーションの問題。どのような状況下で、誰と誰が協議するのかを決定しておく必要がある。

5

ルール化

それぞれの仕事の進め方について、事前に定めておく範囲を決めておく。日常反復的な事項に関してはプログラム化する。

不測の事態についてのみ経営者が調整し、意思決定を行うようにする ―「例外による管理の原則」。

SECTION 04 = 原典「4. インセンティブ」

インセンティブとマズローの欲求段階

なぜ人間は働くのか? ひとつの答えはインセンティブの存在。インセンティブとは、人間の欲求を刺激し、組織での協働に駆り立てる誘因である。

人間が組織の中で働くには、
組織構造(権限関係や協業編成の枠組みを作ることによって人間を管理する仕組み)とともに、
インセンティブ・システム(組織の中で働く人間の欲求を満たし、モティベーションを高める仕組み)が必要。

マズロー(Maslow)の5段階欲求

マズローによれば、人間には5段階の欲求がある。最も基本的な欲求から順に積み上がる。

⑤ Lv.5 自己実現欲求 自己の能力を具体化や人間としての成長に対する欲求
④ Lv.4 尊厳欲求 自己の重要性や社会的な評価・認知に対する欲求
③ Lv.3 愛情欲求 周囲の人々に理解され愛され、同じものに帰属することへの欲求
② Lv.2 安全欲求 病害・災害からの安全、生活上の安全に対する欲求
① Lv.1 生理的欲求 衣食住など生きていくために必要なものに対する欲求

農業経営に求めるもの ― 5つの欲求

農業者にとって農業経営は、さまざまな意味を持つ場となっている。

① 食料を得る場

② 収入を得る場

③ 生物を育てる喜びを得る場

④ 家族・仲間と働く場

⑤ 食料供給などにより社会に貢献する場

農業経営に求めるものが満たされる ⇒ 農業者は意欲をもって働く。農業経営が農業者に与えるインセンティブによって、農業者の働く意欲は大きく変わる。家族経営における就農についても、ほとんどの場合、家族内世代間継承を前提としながらも、農業者は自らの欲求によって就農している。

農業経営における5つのインセンティブ

各インセンティブは、マズローの欲求段階のいずれかに対応する。

① 物的インセンティブ

報酬、食料、労働時間、福利厚生など。モノやカネが与えられる。

生理的欲求・安全欲求

② 評価的インセンティブ

経営者、地域、消費者に評価される。

尊厳欲求・自己実現欲求

③ 人的インセンティブ

組織の中の人々の人間的魅力や組織の中の雰囲気の良さ。

愛情欲求

④ 理念的インセンティブ

経営理念、経営ビジョン、組織文化に共感できる。

尊厳欲求・自己実現欲求

⑤ 自己実現的インセンティブ

仕事の面白さ、役割に対する満足感など。農業経営への貢献に対して自分自身が満足感を得られる状況を作る。

自己実現欲求
Professor Note ― 経営成長とインセンティブ・システム

経営者は、人間の欲求を満たすようにインセンティブを組み合わせてインセンティブ・システムを作る必要がある。

経営者自身の欲求、家族従事者の欲求、後継者の欲求、雇用従事者の欲求のそれぞれを把握し、的確なインセンティブを与えていくことが、経営成果につながるとともに、経営成長の鍵となる

SECTION 05 = 原典「5. 家族経営の組織マネジメント」

家族経営の組織マネジメント ― 家族経営協定

家族農業経営は自己の生産要素を用いて自己で判断できる長所を持つ一方、経営と生活の境目が明確でないなどの短所もある。家族皆が主体的に経営に参画できる環境整備が重要となる。

Merit

家族農業経営の長所

  • 自己の生産要素を用いて自己で判断可能
  • 農繁期に集中した労働への対応可能
  • 不測時の労働に機敏に対応可能 など
Demerit

家族農業経営の短所

  • ライフサイクルや家族構成による制約
  • 経営と生活の境目が明確でない
  • 各世帯員の役割や労働時間、労働報酬などの就業条件が曖昧になりやすく、様々な不満やストレスが生まれやすい など
農業経営を経営主だけでなく、配偶者や後継者にとっても、魅力的でやり甲斐のあるものにする必要がある(ワークライフバランスの実現)。家族皆が主体的に経営に参画でき、意欲と能力を存分に発揮できる環境を整備することが重要。 ⇒ 家族経営協定の締結

家族経営協定とは

家族経営協定:家族農業経営に携わる各世帯員が、意欲とやり甲斐を持って経営に参画できる魅力的な農業経営を目指し、経営方針や役割分担、家族みんなが働きやすい就業環境などについて、家族間の十分な話し合いに基づき、取り決めたもの
資料:農林水産省 参照ページ https://www.maff.go.jp/j/keiei/jyosei/kyoutei.html
原典 p.22 には家族経営協定に関する図(農林水産省、画像)が掲載されている。テキスト抽出ができないため、図の詳細は原典 p.22を直接参照のこと。

協定締結により配偶者・後継者が受けられる措置

家族経営協定を締結し、経営主とともに経営に参画している配偶者や後継者に対する措置。

認定農業者制度
農業者年金
農業近代化資金・経営体育成強化資金
農地の斡旋
農林水産祭参加の表彰行事での夫婦連名表彰
新規就農対策の青年就農給付金経営開始型の特例

家族経営協定の締結理由(令和6年度)

締結の理由 / 令和6年度
締結の理由割合
新規認定農業者制度・認定農業者制度の共同申請のため23.7%
親世代からの経営継承のため(経営主の世代交代)20.9%
新規就農(結婚就農、前職退職等を含む)16.3%
経営発展支援事業活用のため13.3%
就農準備資金・経営開始資金(旧農業次世代人材投資資金)活用のため11.5%

締結の主な支援先(令和6年度)

主な支援先等 / 令和6年度
主な支援先等割合
市役所職員70.0%
普及指導員等(都道府県)30.0%
農業委員23.6%
JA指導員等16.4%
農業者等(先に締結した同業者)1.8%

家族経営協定を締結したことによる変化(複数回答)

原典 p.25 は、協定締結による変化を男女別に示した横棒グラフ(複数回答)。項目は「話し合い機会の増加」「経営・生活の方針決定への参画」「経営目標の共有化」「経営者としての自覚増進」「働く意欲の増加」「役割分担の平等化」「社会活動や余暇活動の活発化」「労働時間・休日の改善」「労働報酬面の改善」「作業効率の増加」「中長期計画の作成」「変化なし」など。グラフの数値は原典 p.25を参照のこと。
資料:日本農業法人協会『農業版女性が働きやすい職場づくりポイントガイドブック』 https://hojin.or.jp/files/standard/04kazokukeiei.pdf
目指すべき農業経営の姿や、家族皆が意欲的に働くことが出来る環境整備について、家族間で十分に話し合うことが、農業経営の改善につながる。