農業経営学 講義シリーズ
Lecture 5  ·  2026年4月22日

農業経営の持続可能性(その2)社会性

経済の国際化や農村の混住化のなかで、農業経営は社会的な存在としての認知を求められている。その条件となる経営倫理とステイクホルダーから出発し、農産物生産を通じた多面的機能、そして食農教育・都市農業・農福連携という直接的な社会貢献の実態を、農林水産省調査や都市住民アンケートのデータとともに学ぶ。

社会的認知 経営倫理 ステイクホルダー 食農教育 都市農業・多面的機能 農福連携
木南章 教授(東京大学大学院農学生命科学研究科) 2026年4月22日 全26ページ 経営管理論
Contents
  1. 01. 社会性 ― 社会的認知の要請
  2. 02. 農業経営の社会への貢献
  3. 03. 食農教育活動(実態調査)
  4. 04. 都市における農業と農地の多面的機能
  5. 05. 都市農業に対する都市住民の評価(表1〜表10)
  6. 06. 農福連携と特例子会社
SECTION 01

社会性 ― 社会的な存在としての認知

今日の日本の農業経営は、経営の存続にも関わる厳しい経済・環境条件に置かれている。経済の国際化、農村の混住化など経営環境が大きく変化するなかで、農業経営は社会的な存在としての認知を求められている。

今日の日本の農業経営が置かれている状況

  • 輸入農産物や他産地との競争
  • 農村地域の活力の低下
  • 地域環境、食品安全性、生物多様性などの問題
これらが重なり、経営の存続にも関わる厳しい経済・環境条件を生んでいる。

農業経営の持続可能性を支える3つの側面

経済性 / 社会性 / 環境性

Dimension 01

経済性

経営内部 / 社会経済
  • 食料の安定供給
  • など
Dimension 02

社会性

経営内部 / 地域社会
  • 食品安全性、環境教育など
Dimension 03

環境性

経営内部 / 地域環境
  • 農法など
原典 p.3 は「農業経営の持続可能性」を中心に、経済性・社会性・環境性の3要素を配置した概念図(画像)。図中のテキスト要素のみを上記カードに転記した。各要素の配置関係・矢印は原典の図を参照のこと。

社会的な存在として認知されるための条件

Condition 01

経営倫理

社会的に健全な経営を行う誠実性を求める。農業経営者は社会に対して経営を代表し、経営の責任を持たなければならない。

経営倫理として評価される事項:

自然環境への配慮 法令の遵守 出資者・地権者に対する義務 従業員の待遇 取引相手との公平な関係 地域社会への貢献
Condition 02

ステイクホルダー

経営の活動によって利害関係が生じるグループや個人。【狭義】経営の存続と成功に不可欠なグループ。

農業経営の場合に存在するステイクホルダー:

地権者 出資者 従業員 消費者 原材料供給者 農産物流通業者 地域社会
ステイクホルダーと良好な関係を築くことが、経営上の重要な課題の1つとなる。⇒ ステイクホルダー・マネジメント
出典:木南章「農業経営学」第5回講義資料 pp.2〜4(社会性/持続可能性の3側面/認知の条件)。
SECTION 02

農業経営の社会への貢献

農業経営は、農産物等の生産・販売等の経済活動のみを行う主体ではない。社会への貢献によって、農業経営は社会的な存在としての認知をより高めることができる。

農業経営 農産物等の生産・販売等の経済活動のみを行う主体

農業経営と社会との関係には、2つの貢献経路がある。

Route 01

経済活動を通じた貢献

農産物の生産・販売という経済活動を通じた社会への貢献。多面的機能を発揮した社会貢献。

発揮される多面的機能:

食料の安定供給 国土の保全 水源のかん養 自然環境の保全 良好な環境・景観の形成 文化の伝承
Route 02

生産・販売以外の活動による直接的な貢献

経営環境への働きかけを含めた、農産物の生産・販売以外の活動による直接的な社会への貢献。

社会への貢献によって、農業経営は社会的な存在としての認知をより高めることができる。

産業全体に見られる社会貢献活動

大企業を中心に、さまざまな分野において社会貢献活動を実施している。社会的認知を高めるための経営活動、企業戦略としての意味もある。

国際協力 社会福祉 地域社会活動 環境保全 学術・研究 スポーツ
農業経営においても同様の論理が存在すると考えられる。
出典:木南章「農業経営学」第5回講義資料 p.5(農業経営と社会との関係/2つの貢献経路)。
SECTION 03

食農教育活動 ― 社会貢献活動の一例

農業経営者は地域社会のなかでさまざまな社会活動に従事している。その一例が食農教育への取り組みであり、近年の食への関心の高まりから各地で実施されている。

教育の現場からは農業者への協力を求める声が多く、積極的に食農教育に取り組む農業経営も見られる。食農教育活動は、農業経営の社会的認知を高めると同時に、直接的な経営上の効果ももたらしている。

食農教育活動の効果

子供への教育効果 農業に関する知識・理解の普及 農業後継者の育成 新しいビジネスの創出 既存の経営部門の売り上げ拡大 経営のイメージ向上 新しいやりがいの創出 消費者ニーズの把握 農業の社会的な認知の向上
原典 pp.7〜8 は『平成22年度農林漁業体験学習の取組(教育ファーム)実態調査結果』(農林水産省)からの図表(画像)。テキスト抽出ができないため、原典の図を参照のこと。

食農教育を行っている農業経営への調査

SURVEY 2003

調査対象

  • 全国の酪農経営85戸(酪農教育ファーム)
  • 関東地方の耕種経営44戸(農業・農村アドバイザー)

食農教育を始めた理由(%)

酪農 Dairy
地域との交流57.0
学校・地域からの要請46.8
農業者としての責務38.0
耕種 Crop
学校・地域からの要請46.8
農業への危機感51.2
地域との交流37.2

食農教育を行っている理由(%)

酪農 Dairy
子供に必要な教育69.7
社会貢献56.6
ビジネス・メリット31.6
耕種 Crop
子供に必要な教育84.1
社会貢献36.4
ビジネス・メリット9.1

食農教育活動の料金(%)

酪農(2.5時間/回、33.2回/年) ・ 耕種(2.1時間/回、8.5回/年)

料金区分酪農耕種
無料41.069.8
実費38.525.6
実費+日当20.54.7

農業経営に与える影響(%)

影響項目酪農耕種
新しい消費者の育成65.444.2
新しいやりがい55.148.8
地域の活性化47.448.8
地域との良好な関係47.432.6
新しいビジネス37.220.9
経営の知名度向上29.511.6
後継者育成12.846.5
出典:「食農教育を行っている農業経営に関する調査」(2003年)/『平成22年度農林漁業体験学習の取組(教育ファーム)実態調査結果』農林水産省。木南章「農業経営学」第5回講義資料 pp.6〜10
SECTION 04

都市における農業と農地の多面的機能

都市の農業と農地は、農産物生産という基本的機能にとどまらず、コミュニケーション・福祉・教育・リサイクル、さらに環境保全・景観形成・防災など、多面的な機能を担っている。

農業の多面的機能機能の内容
農産物生産食料生産等の基本的機能
コミュニケーション市民相互・農家との交流を通じた文化の享受やコミュニケーション形成
福祉農作業を通じた老齢化防止、植物によるヒーリング効果、園芸療法
教育自然や農業を通じた情操教育や環境教育及び農学・林学の学習
リサイクル生ゴミ等の有機肥料化による有機野菜栽培等
農地の多面的機能機能の内容
環境保全生物資源保存機能と自然環境保全機能
景観形成潤いのある景観、日本の原風景、季節の変化を感じる風景等の形成
防災災害時の避難場所・避難路、防災緑地、延焼の遮断、仮設住宅建設地機能
歴史・文化鎮守の森の保全や収穫祭等の継承
宅地化支援宅地化の促進・良好な田園居住を支援する庭や菜園等
市街化留保・抑制市街化を一時留保、一定期間抑制する機能
出典:木南章「農業経営学」第5回講義資料 p.11(都市における農業の多面的機能/農地の多面的機能)。
SECTION 05

都市農業に対する都市住民の評価

東京都内居住者1,000名(農家を除く)を対象に、居住地の都市化レベル別に都市農業への評価を調べた。居住地域の周辺に農地がどれだけあるかで、農業への関心や農地への意向は大きく変わる。

SURVEY 2005.03

調査設計 ― 都市化レベルの分類

対象:東京都内居住者1,000名(農家を除く)。「居住地域にどのくらい農地があるか」という問に対する回答で、居住地の都市化レベルを4段階に分類した。

回答(居住地域の周辺に農地が)都市化レベル
たくさんある都市化レベル 1
少しある都市化レベル 2
あまりない都市化レベル 3
全くない都市化レベル 4

表1 居住地域の長所(単位:%)

都市化レベル 交通網が充実物や店が豊富活気や刺激がある 教育や生涯学習の場に恵まれている緑や自然が多い医療や福祉が充実 スポーツや娯楽などの施設が充実芸術や文化に触れる機会が多い情報が豊富特にない
全体
全体70.249.521.619.240.023.015.718.426.28.7
レベル 137.433.67.514.086.919.69.37.56.55.6
レベル 258.941.615.120.858.121.913.815.720.310.3
レベル 377.855.725.318.120.418.115.417.631.211.3
レベル 490.560.731.920.014.929.220.726.436.95.8

表2 居住地域の短所(単位:%)

都市化レベル 車や人が多い物価や地価が高い治安が良くない 緑や自然が少ない住宅事情が悪い大気汚染が気になる 騒音が気になる人間関係が希薄特にない
全体33.840.819.523.017.933.625.021.717.9
レベル 19.322.415.92.812.112.110.315.940.2
レベル 227.837.619.510.813.028.623.021.119.5
レベル 338.942.120.829.425.339.428.122.613.1
レベル 446.450.520.040.720.743.430.523.711.5

表3 農業への関心(単位:%)

都市化レベル大いに関心があるまあ関心があるあまり関心はない全く関心はない
全体9.548.232.79.6
レベル 112.155.125.27.5
レベル 29.552.430.87.3
レベル 38.145.734.811.3
レベル 49.542.436.311.9

表4 農作業の経験(単位:%)

都市化レベル趣味で農作業をしている以前したことがある全くしたことがない
全体6.925.367.8
レベル 111.217.871.0
レベル 27.629.762.7
レベル 36.828.564.7
レベル 44.720.075.3

表5 市民農園利用の意向(単位:%)

都市化レベルすでに利用している今後利用したい近くにあれば利用したい料金が安ければ利用したい指導者がいれば利用したい利用したいとは思わない
全体2.03.824.316.013.340.6
レベル 16.53.719.621.515.033.6
レベル 22.25.124.118.112.438.1
レベル 32.33.625.316.713.638.5
レベル 40.02.425.410.813.647.8

表6 都市農業の役割(得点)

都市化レベル 新鮮で安全な野菜などを供給できるゆとり・うるおいの場を提供する防災の役割を果たす 住環境を保全する農業体験・教育の場を提供する生き物が増えて生態系が豊かになる 生ゴミの肥料化などにより資源のリサイクルができる
全体81.475.844.462.664.861.953.0
レベル 1126.280.456.188.851.467.334.6
レベル 278.986.553.883.052.461.438.9
レベル 377.470.642.151.670.166.159.3
レベル 471.264.730.235.981.057.672.5
注)「思う」=2点、「まあ思う」=1点、「あまり思わない」=−1点、「思わない」=−2点、「よくわからない」=0点を回答割合(%)に乗じて得点化した。

表7 都市農業の問題(得点)

都市化レベル 景観が悪化する悪臭がする騒音がする農薬が飛散する 虫が発生するほこりが発生する廃棄物の不法投棄が起こる治安が悪化する
全体−131.0−44.5−146.918.727.8−19.3−37.2−138.1
レベル 1−157.0−66.4−156.19.3−10.320.6−42.1−145.8
レベル 2−138.9−51.4−148.412.75.4−18.6−49.5−141.1
レベル 3−124.4−40.7−139.823.536.7−27.1−29.9−133.9
レベル 4−116.6−30.8−147.126.163.1−28.8−25.4−134.6
注)「思う」=2点、「まあ思う」=1点、「あまり思わない」=−1点、「思わない」=−2点、「よくわからない」=0点を回答割合(%)に乗じて得点化した。

表8 居住地域における農地の有無に関する意向(単位:%)

都市化レベルあったほうがよいないほうがよいどちらとも言えない
全体58.85.036.2
レベル 184.11.914.0
レベル 274.92.223.0
レベル 350.24.545.2
レベル 435.910.253.9

表9 今後の都市農地の活用方法(単位:%)

都市化レベル積極的に農産物を生産する緑地や市民農園などに活用して残す住宅地等に活用していくわからない
全体29.253.54.113.2
レベル 145.842.11.910.3
レベル 233.555.42.78.4
レベル 322.656.64.516.3
レベル 422.752.96.418.0

表10 都市農業・農地を維持・確保するために必要な取り組み(複数選択/単位:%)

都市化レベル 学校給食に地場産野菜を使用生産者と消費者の顔の見える関係作り農産物の直売所、生産地表示等の整備 遊休化した農地を再生する取り組み農業体験・自然観察の場の整備市民の農業参加を支援 イベント・朝市・講習会等の機会の増加都市農業に関する情報の提供農家への補助金支給や税金の優遇 取り組む必要はないわからない
全体41.335.548.633.020.819.719.614.113.51.98.6
レベル 152.333.660.734.620.615.015.913.115.91.93.7
レベル 243.243.255.733.518.119.517.014.613.81.45.9
レベル 341.233.046.631.227.117.222.210.014.50.910.0
レベル 434.928.536.933.219.723.722.416.911.53.412.5
Professor Note

都市化レベルが低い(農地が身近にある)地域ほど、「緑や自然が多い」を長所に挙げ(表1:レベル1で86.9)、農業への関心も高く(表3)、農地が「あったほうがよい」とする割合が高い(表8:レベル1で84.1)。逆に農地が遠い地域ほど、その評価は弱まる。

一方、都市農業の「問題」(表7)は多くの項目で得点がマイナス=「問題とは思わない」が優勢で、住民は都市農業をおおむね肯定的に受け止めている。身近さが評価を支えるという関係が、複数の表に一貫して現れている。

出典:「東京都内居住者1,000名に対するアンケート調査」(2005年3月)。木南章「農業経営学」第5回講義資料 pp.12〜22(表1〜表10)。
SECTION 06

農福連携と特例子会社

農福連携とは、障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組。福祉と農業の双方に効果をもたらす。

農福連携とは、障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組。

福祉の側面

障害者等の就労や生きがいづくりの場を生み出す。

農業の側面

担い手不足や高齢化が進む農業分野において、新たな働き手の確保につながる可能性。

対象の拡大

障害者のみならず、就労・社会参画支援や立ち直り支援の対象を拡大している。

障害者 高齢者 生活困窮者 ひきこもりの状態にある者 犯罪をした者等(立ち直り支援)
原典 pp.24〜25 は農福連携に関する図表(画像)。テキスト抽出ができないため、原典の図を参照のこと。

特例子会社による農業

特例子会社:企業が障害者の雇用を促進する目的で作る子会社。

「障害者の雇用の促進等に関する法律」により、一定規模以上の事業主には障害者雇用が義務付けられている。事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し一定の要件を満たす場合、特例として、その子会社に雇用されている従業員を親会社に雇用されているものとみなして雇用率に算定できる。

法定雇用の要件現行2026年7月以降
対象となる事業主(雇用する従業員数)40.0人以上37.5人以上
障害者の雇用割合(義務)2.5%以上2.7%以上

特例子会社のメリット

事業主にとってのメリット

障害特性に配慮した仕事の確保・職場環境の整備が容易となり、障害者の能力を引き出すことができる。職場定着率が高まり、生産性の向上が期待できる。

障害者にとってのメリット

雇用機会の拡大。障害者に配慮された職場環境の中で、個々人の能力を発揮する機会が確保される。

出典:木南章「農業経営学」第5回講義資料 pp.23・26(農福連携/特例子会社による農業)。法定雇用率等は「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づく。