農業経営学 講義シリーズ
Lecture 10  ·  2026年5月20日

農業経営者の機能と能力

農業経営者の機能は「経営目的の実現のために経営資源を統合し管理する」こと。企業家機能・管理者機能・リーダーシップの3機能とそれを支える能力から始め、意思決定の局面と問題、東畑精一「単なる業主」論をめぐる経営者能力の議論、認定農業者の経営管理意識調査、そして農業におけるアントレプレナーシップ(GEM・固定効果モデル・人材育成)までを学ぶ。

経営者の機能 企業家機能 / 管理者機能 リーダーシップ 意思決定 単なる業主論 アントレプレナーシップ
木南章 教授(東京大学大学院農学生命科学研究科) 2026年5月20日 全27ページ 経営管理論
Contents
  1. 01. 経営者の機能と能力
  2. 02. 農業経営における意思決定
  3. 03. 経営者能力をめぐる議論
  4. 04. 経営管理に関する意識(認定農業者調査)
  5. 05. 農業におけるアントレプレナーシップ
SECTION 01

農業経営者の機能と能力

農業経営者の機能とは、経営目的の実現のために、経営資源を統合し管理すること。そのために企業家機能・管理者機能・リーダーシップの3つが必要となる。

Entrepreneur

企業家機能

安定した既存の枠組みを壊し(事業再編やイノベーション)、新しい成長の条件を求める機能。

事業の創業時に必要
発揮に必要な能力:直観力、勘、決断力、野心、危機感など。
Manager

管理者機能

安定した枠組みの中で経営効率を最大にする最適な条件を作る機能。

事業の成長期に必要
発揮に必要な能力:知識、忍耐力、包容力、人間尊重、計数感覚など。
Leadership

リーダーシップ

企業家機能と管理者機能とを、周囲の環境に応じて統合して発揮させる機能。

事業の安定期や停滞期に必要
発揮に必要な能力:哲学、経営理念、高い視点、広い視野、品性、人間的魅力など。

能力 → 機能 → 成果

経営者機能を発揮するには、多様な能力が必要となる。能力が機能を生み、機能が成果につながる。

Abilities
能力
Functions
機能
Results
成果
出典:木南章「農業経営学(10) 農業経営者の機能と能力」講義資料, 2026年5月20日(p.2「1)農業経営者の機能」, p.3「2)農業経営者の能力」)。
SECTION 02

農業経営における意思決定

農業経営者は、さまざまな意思決定に迫られる。意思決定を経営活動の局面問題の種類という2つの観点から分類する。

1)意思決定の局面 ― 経営活動の局面から分類

Strategic

① 戦略的意思決定

経営を環境に適応させる、経営環境をも変革するために、経営の将来目標、事業の方針、経営成長を決定。

Administrative

② 管理的意思決定

経営目標の実現に向けた経営組織(役割、権限、責任関係など)と経営資源(技術、資材、労働)に関する決定。

Operational

③ 業務的意思決定

日常の経営活動の効率を向上させるための、適期作業、施肥、給餌、防除などに関する決定。

2)意思決定の問題 ― 問題の種類から分類

Structured

① 構造化できる意思決定

日常的、定型的でマニュアル化が容易な問題への対応。問題が複雑であっても、コンピュータの活用によって解決できる問題。

Unstructured

② 構造化できない意思決定

突発的な問題、不確実な状況への対応。経験、勘、コツなどが重要となる。

出典:木南章「農業経営学(10)」講義資料, 2026年5月20日(p.4「1)意思決定の局面」, p.5「2)意思決定の問題」)。
SECTION 03

経営者能力をめぐる議論

日本農業で企業者機能を担っているのは誰か。東畑精一は、農民は「単なる業主」であると指摘した。経営者能力は普遍的なものではなく、環境に応じて自ら開発していくものである。

1)「単なる業主」論(東畑精一『日本農業の展開過程』1936)

当時、日本農業において企業者機能を発揮しているのは、農民でもなく、農業団体でもなく、官・行政
農民は「単なる業主」であり、「農業の産業化」が必要。
↕ 一方で、官のイニシアティブの下においても、農業経営は自主的な動きをしていた。作付けが決定されていた中での企業者機能を発揮していた。

e.g. アジア・ゲートウェイ構想(2007)

アジア各国と積極的に交流を図り、日本の役割や地位を高めようとする構想。その最重要課題10のうちの一つが 「グローバル化の中で成長する農業への変革」

企業家精神を有する農業経営者による、異業種との連携や最新の科学技術も活用した経営展開を促進し、農業の輸出産業への転換を図る。
出典:東畑精一『日本農業の展開過程』1936(木南章「農業経営学(10)」講義資料 p.6 にて引用)。アジア・ゲートウェイ構想(2007)は同 p.6。

2)経営の発展と経営者能力

経営者に望ましい能力は普遍的なものではない。周囲の環境(外部環境)や、経営内部の状況(内部環境)の変化に応じて、自らが開発していくものである。

コンピュータの発達によって負担が軽減される構造化できる意思決定とは異なり、構造化できない意思決定は容易ではない。ケースメソッドなどの訓練を通じて能力を向上することが有効。
参考にするだけ

「先進的経営から学ぶ」

よく行われる先進事例の視察。単に先進的経営を参考にするにとどまる。

追体験する

「先進的経営で学ぶ」

もし自分がその経営の経営者であったならば、経営成長の過程でどのような意思決定を行うか(行うことができたか)を検討する。これが重要。

3)経営者能力はどのように捉えることができるか

通常の生産関数

Q = Q(S, L, K)

Q=生産物、S=土地、L=労働、K=資本

Residual

残差としての経営者能力

生産要素で捉えられない個別経営の要因 = 生産関数上のバイアス(マネジメント・バイアス)。

Proxy

代理変数の導入

教育などの代理変数を導入して能力を捉える。

Limits

計量分析の限界

能力の要素への分解可能性。経営成果との因果関係。動態的な能力形成。

出典:木南章「農業経営学(10)」講義資料, 2026年5月20日(p.7「2)経営の発展と経営者能力」, p.8「3)経営者能力はどのように捉えることができるか」)。
SECTION 04

農業経営者の経営管理に関する意識

実態調査 / 認定農業者 484名

経営管理の各項目について、「実践している」回答層と「していない」回答層の販売金額差を見ると、両者の差が最も大きいのはクレーム対応(141万円)であった。

調査の概要

「認定農業者の経営管理に関する意向調査結果」(全国農業会議所、2006年11月実施)。配布数1,043、回収数484(回収率46.6%)。

調査内容:経営概況/目標設定・計画性/作業・労働環境整備/財務・資金管理/コスト管理/販売・マーケティング管理/情報収集・情報発信。

図の見方:各項目の数値は、その管理を「実践している」回答と「していない」回答の間の販売金額差(単位:万円)。バーは項目間で最大値(クレーム対応141)を基準に相対表示している。各対比の正確な文言は下記の通り。

目標設定・計画性
経営全体像目標
具体的にある ⇔ 特にない
65
目標指標
所得と利益を指標 ⇔ 特に指標はない
51
長期計画
長期・短期の部門別計画を明文化 ⇔ 計画なし
131
経営責任
責任は経営者にありリスク回避 ⇔ 責任の取りようがない
65
作業・労働環境整備
作業環境・健康管理
適切に行っている ⇔ 特に行っていない
66
作業改善
標準化し定期的に改善 ⇔ 特に把握していない
82
コスト管理
価格調査・交渉
相見積もりで有利な条件 ⇔ 特に調べていない
84
原価管理
定期的に原価計算し改善 ⇔ 計算したことがない
111
財務・資金管理
口座振込
専従者給与を個人口座へ ⇔ 経営費と家計費を区分せず
81
簿記・青色申告
複式簿記で青色申告 ⇔ 正確には記帳していない
72
経営分析
毎年行い経営改善に活用 ⇔ 行ったことがない
119
投資基準
効果・資金繰りを考慮 ⇔ 特に基準はない
64
販売・マーケティング管理
販売先
特性に応じた多様な販売先 ⇔ 特定先に8割以上依存
99
商品作り
常に行っている ⇔ 特に考えたことがない
37
交渉力
営業で有利な取引条件を獲得 ⇔ 営業を行ったことがない
86
クレーム対応
迅速対応・経営改善・情報蓄積 ⇔ あまり対応できていない
141
情報収集・情報発信
研修参加
積極参加し活かす点をチェック ⇔ あまり関心がない
52
マーケット調査
行い販売戦略に活かす ⇔ 特に必要ではない
50
情報提供
DM・インターネット等で提供 ⇔ 特に必要ではない
99
ただし、経営者要因とイノベーションとの関係は不明。経営成果もイノベーションの実現によるものか不明である(p.14)。本調査は意識と販売金額の対応を示すものであり、因果を断定するものではない。
出典:全国農業会議所「認定農業者の経営管理に関する意向調査結果」2006年11月実施(木南章「農業経営学(10)」講義資料 p.9〜p.14)。配布数1,043、回収数484(回収率46.6%)。
SECTION 05

農業におけるアントレプレナーシップ

イノベーションは産業の発展の原動力であり、それに必要な態度・発想・能力がアントレプレナーシップ。農業の新規開業・事業多角化を地域レベルで分析すると、全産業とは影響要因が異なることが見えてくる。

1)アントレプレナーシップ

イノベーション ⇒ 産業の発展の原動力。これに必要な態度、発想、能力が アントレプレナーシップ

Entrepreneurship:訳語が複数あり「企業家精神」「企業者精神」「起業家精神」などと訳される。

関連する動き:クラスター、6次産業化、農商工連携、ネットワーク、フランチャイズ、企業参入、成長産業化など。多様な要因に規定され、把握・分析が困難。個人だけではなく、組織も対象となる。アントレプレナーシップを有する人材の育成が必要。

参照:Kiminami, Akira ed., Entrepreneurship and Innovation in Japanese Agriculture, New Frontiers in Regional Science: Asian Perspectives, 32, Springer, 170pp., 2019(講義資料 p.15)。

図 Global Entrepreneurship Monitor(GEM)の枠組み

原典は図版(p.16)。本図解では創作で補わず、図の注記の記述のみを転記する。世界70か国における大規模なアンケート調査で、起業活動をめぐる「態度(Attitude)」「行動(Activity)」「意欲(Aspiration)」、および起業活動の活発さを表す「総合起業活動指数(Total Early-Stage Entrepreneurial Activity: TEA)」を把握する。多数の要因との相互関係やイノベーション等の成果との関係を想定。図版の詳細は原資料を直接参照されたい。

2)新規開業・事業多角化と起業家精神

Outcome

起業家精神の発現

起業家精神の発現の結果のひとつとして、新規開業・事業多角化がある。

Strategy

競争戦略の形態

新規開業・事業多角化は競争戦略の形態である。

Framework

分析枠組み

競争戦略の理論に基づいた分析枠組みを用いる。

固定効果モデルによる地域起業家精神の計測(p.18)

新規開業・事業多角化を、需要要因・供給要因で説明するモデルをパネルデータ分析(固定効果モデル)で計測(都道府県別データを使用)。残差に相当する固定効果の大きさを把握し、これを地域レベルの起業家精神の指標とする。さらに固定効果(地域における起業家精神の成果)に影響する要因を分析する。

① 個人の開業意識:開業希望者割合
② 企業間ネットワーク:企業密度
③ ソーシャル・キャピタル:ボンディング指数/ブリッジング指数

④ 地域の多様性:ジェンダー・ギャップ
⑤ 地域の寛容性:外国人割合、自殺率
⑥ 農業集落:集落における活動状況

表 固定効果と影響要因との相関係数(p.19)
影響要因 新規開業
(全産業)
FIE
新規開業
(農業)
FAG
農産物
加工
FPR
直接
販売
FDS
開業希望者割合 ENT0.610 ***-0.746 ***-0.498 ***-0.148
企業密度 FID0.970 ***-0.914 ***-0.619 ***-0.622 ***
ボンディング指数 BON-0.455 ***0.651 ***0.641 ***0.074
ブリッジング指数 BRI-0.2010.384 ***0.480 ***-0.012
ジェンダー・ギャップ GEG-0.264 *0.485 ***0.321 **0.066
外国人割合 FOR0.554 ***-0.611 ***-0.330 **-0.254 *
自殺率 SUI-0.351 **0.444 ***0.294 **-0.032
集落機能 COM0.246 *0.299 **0.348 **
寄り合い MEE0.427 ***0.379 ***0.511 ***
伝統文化 TRA0.2330.513 ***0.060
イベント開催 EVE0.249 *0.289 **0.170
福祉活動 WEL0.387 ***0.352 **0.187
環境保全 ENV0.650 ***0.562 ***0.496 ***
グリーン・ツーリズム GRE-0.1060.006-0.058
定住推進 SET-0.0790.064-0.108

注:*** は1%水準、** は5%水準、* は10%水準で統計的に有意であることを示す。「—」は原表で当該セルに数値が示されていない箇所(全産業列の集落関連変数)。

含意 ― 農業は地域起業家精神で相対的に劣位(p.20)

地域レベルの起業家精神の水準には大きな地域差がある。全産業と農業における固定効果に影響する要因には違いがあり、これは農業が相対的に劣位にあることを示唆する。農業における新規開業や事業多角化が、真の意味では地域レベルでの起業家精神の成果とは言えない。農業経営の法人化および農産物加工や直接販売が、行政の主導や政策支援、および地域おこしの一環として実施される事例も多い。

農業の持続可能性の実現には、現象としての新規開業や事業多角化ではなく、個のレベルの起業家精神を発揮させるソーシャル・キャピタルの蓄積を促進する政策が重要。
出典:木南章「農業経営学(10)」講義資料, 2026年5月20日(p.15〜p.20)。GEM 図版は p.16、相関表は p.19。

3)農業経営人材の育成課題

調査の設計(p.21)

農業における雇用と人材育成に関する実態を把握。農業法人等の経営者を対象に実施したアンケート調査(『農業法人等の雇用と人材育成に関するアンケート』全国農業会議所、2012年11月実施、回答者数504)の結果を基に分析。中小製造企業(以下、中小企業)を対象とした人材育成問題に関する同様のアンケート調査結果(労働政策研究・研修機構 2012)と比較分析が可能なように設計されている。

表 経営内の人材の不足(不足と回答した割合, 単位:%)
人材の区分農業法人中小企業
職場で最も難しい仕事をこなせる人材64.154.7
部下や後輩に指示や助言をしながら仕事をさせられる人材54.350.2
単独で仕事をこなせる人材52.534.6
先輩・上司の大まかな指示で仕事をこなせる人材36.615.7
先輩・上司の細かな指示で仕事をこなせる人材36.713.4

注:無回答者を除外して集計。それぞれの人材について「過剰」「適正」「不足」の3つの選択肢のうち「不足」と回答した割合。中小企業は機械・金属関連の製造業。出所:木南(2013)を基に作成。

① 農業法人・中小企業ともに、能力の高い人材ほど不足。両者で最も不足しているのは「職場で最も難しい仕事をこなせる人材」(農業法人64.1%)。② 農業法人は中小企業よりも全般的に人材不足の傾向が強く、中小企業では不足していない自立度の低い人材についても3割以上が不足(p.23)。
表 人材育成のマニュアル化が可能なレベル(単位:%)
レベル農業法人中小企業
すべてのレベルでマニュアル化は可能2.35.9
部下や後輩に指示や助言をしながら仕事をさせられるレベルまで可能15.811.7
単独で仕事をこなせるレベルまで可能49.342.6
先輩・上司の大まかな指示で仕事をこなせるレベルまで可能79.267.2
先輩・上司の細かな指示で仕事をこなせるレベルまで可能89.573.4

出所:木南(2013)を基に作成。

① 両者とも、人材の能力レベルが高いほどマニュアル化は困難。② 最も難しい仕事のレベルではほとんど不可能。③ 農業法人の方が中小企業よりマニュアル化が特に困難という訳ではなく、下位の仕事についてはむしろ相対的に容易(p.25)。
表 人材育成や能力開発の重点対象(複数選択, 単位:%)
重点対象農業法人中小企業
経営者自身31.037.2
会社全体の経営や管理を担える人材45.032.7
職場のリーダーや監督の役割を果たせる人材65.356.1
営業拡大や顧客開拓を進められる人材22.416.3
事務関連の仕事を担当する人材(総務担当者など)19.211.8
特に力を入れていない8.416.5

出所:木南(2013)を基に作成。

① 両者とも「職場のリーダーや監督の役割を果たせる人材」が最も多い。② 農業法人は「経営者自身」を対象とする割合はやや低いが、経営者の育成に重点が置かれており、その割合は中小企業よりも高い水準(p.27)。一方で、農業における経営者・アントレプレナーシップを有する経営者の育成の問題は見えにくい(p.23)。
木南先生の研究から ― 農業法人の人材育成と定着

能力の高い人材ほど不足し、かつマニュアル化が難しい。この「最も難しい仕事をこなせる人材」の不足は、農業法人で特に深刻だ。しかし同時に、農業法人は経営者の育成そのものに中小企業以上の重点を置いている。アントレプレナーシップを有する経営者をどう育てるかが、農業経営の発展の鍵となる。

木南章(2013)「農業法人等における人材の育成と定着に関する分析」『農業法人等の雇用の実態と改善の記録』全国農業会議所, pp.23–57.
出典:木南章「農業経営学(10)」講義資料, 2026年5月20日(p.21〜p.27)。原調査は『農業法人等の雇用と人材育成に関するアンケート』全国農業会議所2012年11月実施(回答者数504)、比較対象は労働政策研究・研修機構 2012。