SECTION 01 / FRAMEWORK
講義シリーズの理論フレーム ― 3つの領域から農業経営を捉える
本講義は、持続的な組織であり自律的な行動主体でもある農業経営を、経営管理論・経営組織論・企業形態論の3領域から体系的に学ぶ。
Framework 01
経営管理論
経営の外部環境への適応と経営資源の最適配分、組織管理、経営戦略、経営者機能などの問題領域を解明する。
Framework 02
経営組織論
生産に必要な資源を調達し、技術的に結合・変換して生産力を生み出し、製品やサービスを生産する側面を解明する。
Framework 03
企業形態論
社会経済的な制約のなかで経営資源を調達し、成果を配分するなど、土地・労働・資本の出資と利用に関する経営の態様を解明する。
本講義では、持続的な組織であり、かつ自律的な行動主体である農業経営の基礎理論を、主に経営管理論、経営組織論、企業形態論の3つの領域から学習する。
SECTION 02 / SYLLABUS
全12回の授業計画 ― 本講義は出発点
第1回(本日)はガイダンス+農業経営とマネジメント。以降、戦略・リスク・持続可能性・組織・人的資源と論点を広げ、第12回で期末試験。
第 1 回
ガイダンス + 農業経営とマネジメント
本回。4/6(月)。農業経営の定義、3側面、TBL、PDCA
第 2 回
農業経営と経営戦略
4/8(水)。基本計画・実施計画への落とし込み
第 3 回
農業経営とリスク
4/15(水)。価格・収量・制度変化のリスクマネジメント
PART 1 / 持続可能性
第 4 回
農業経営の持続可能性(環境性)
4/20(月)。自然資本の維持と環境配慮型農業
第 5 回
農業経営の持続可能性(社会性)
4/22(水)。地域・消費者・労働環境への配慮
PART 2 / 組織とイノベーション
第 6 回
農業経営の組織とマネジメント
4/27(月)。法人化・分業・権限委譲
第 7 回
農業経営とイノベーション
5/7(木)。新技術・新事業の導入プロセス
第 8 回
農業への参入と事業の継承
5/11(月)。新規参入者・後継者・継承プロセス
PART 3 / 人と集団
第 9 回
農業経営における人的資源管理
5/13(水)。採用・育成・定着・組織文化
第 10 回
農業経営者の機能と能力
5/20(水)。経営者能力=利潤の源泉
第 11 回
農業経営の集団的活動
5/25(月)。協同組合・地域連携・共同利用
第 12 回
期末試験
6/1(月)。対面試験。ミニレポートと併せて評価
※ 5/18(月)は休講、5/27(水)は予備日。講義資料は UTOL を通して配布。毎回のミニレポートと最終試験で評価。
SECTION 03
農業経営の定義 ― 「農家」ではなく「組織」
農業経営とは、「一定の目的の下に農業というビジネスを行う、独立した持続的な組織」である。農家・農場と混同してはならない。
農業経営(farm business)= 一定の目的の下に農業というビジネスを行う独立した持続的な組織。
農家(farm family / farm household)= 農業を生業とする家族および世帯。
「農家」は家族・世帯という生活単位であるのに対し、「農業経営」は意思決定・資源配分・成果分配を行うビジネス組織である。家族経営であっても、その経営判断を担う部分が農業経営にあたる。
ビジネスとしての農業経営:5つの要素
ビジネスとは「自己責任の下で意思決定を行い、経営資源を利用し、製品やサービスを生み出し、その成果を関係者に分配する活動であり、同時にこの活動には持続性が求められる」もの。
① 自己責任・意思決定
自己責任の下で何を・どのように生産するかを決定
② 経営資源の利用
土地・労働・資本・情報を調達・組合せ・配分
③ 製品・サービスの生産
農産物・加工品・サービスを生み出し市場に提供
④ 成果の分配
利潤・労働報酬・地代・利子として関係者へ分配
⑤ 持続性
単発の活動ではなく、世代と地域をまたいで継続される組織であること。①〜④すべての前提となる第5の要素
農業経営の「独立性」とは、他の経営主体に従属せず、自らが意思決定の主体であることを指す。法人形態か家族形態かは問わない。
SECTION 04
農業経営の3つの側面
農業経営を分析する視点は3つある。技術的側面・経済的側面・マネジメント的側面。それぞれ異なる問いに答える。
ASPECT 01
技術的側面
「何をどう作るか」の科学的基盤
- 農法・栽培技術・品種選択
- 生産力(収量・品質)の向上
- 社会全体の視点:限りある資源の効率利用
成果指標
純収益 = 粗収益 − 生産費(第一次)
= 資本利子 + 地代 + 利潤
ASPECT 02
経済的側面
「誰が何を所有し、どう稼ぐか」の経済分析
- 土地・資本の所有形態
- 家族経営の質的変化と多様化
- 私経済の視点:個々の主体に帰属する収益
成果指標
所得 = 粗収益 − 経営費
= 自己資本利子 + 自作地地代
+ 家族労働費 + 利潤
ASPECT 03
マネジメント的側面
「組織をどう動かすか」の経営管理
- 計画・組織化・命令・調整・統制の5機能
- 経営戦略・経営組織・経営活動の遂行
- 経営理念・経営目標の実現に向けた統合
5機能
計画 → 組織化 → 命令 → 調整 → 統制
本講義シリーズは主にマネジメント的側面に焦点を当てる。技術・経済の側面は他講義(農業技術論・農業経済学)で扱われる。
SECTION 05
経済学の3主体と農家の特殊性 ― 「企業+家計」という二重性
経済学は経済主体を企業・家計・政府の3つに区分する。農家はこのうち企業と家計を同一主体が兼ねる点で特殊である。
企業
生産の経済主体。「点」としての存在。
利潤最大化
家計
消費の経済主体。世帯としての存在。
効用最大化
農家 = 企業 + 家計
生産(企業)と消費(家計)が同じ世帯に同居する。利潤最大化と効用最大化が同時に追求されるため、家族労働費や自家消費を経営計算上どう扱うかという固有の論点が生じる。
本講義で扱う「農業経営」は、農家の企業側面に焦点を当てた概念である。家計側面は重なるが、意思決定・成果分配・持続性のロジックは企業側面に従う。
SECTION 06
マネジメントの3領域
農業経営のマネジメントは、環境・組織・成長と安定の3領域に分類される。3領域は相互に依存し、矛盾を克服することが経営者の課題である。
①
環境マネジメント ― 外部市場への働きかけ
農業経営は孤立した生産体ではなく、市場・社会・政策環境に埋め込まれている。消費者ニーズの把握、販売チャネルの選択、補助金・制度の活用、他経営体との連携などを通じて外部環境に適応・働きかける。
マーケティング / 政策対応 / 連携
②
組織マネジメント ― 内部協働の設計
家族・従業員・機械・資金を最適に組み合わせて生産を実現する。作業分担の設計、権限・責任の明確化、情報共有の仕組みづくり、人材育成と定着が中心課題となる。
組織設計 / 人的資源管理 / 内部統制
③
成長と安定 ― 矛盾の克服
環境(外部適応)と組織(内部効率)はしばしば矛盾する。新市場への参入や規模拡大(成長)は、組織の安定や家族の生活基盤(安定)を脅かしうる。経営者はこの緊張を継続的に管理する。
規模拡大 / リスク管理 / 持続性
SECTION 07
農業所得の階層構造 ― 粗収益から経営者能力への報酬まで
粗収益は段階的に分解される。最終的に残る利潤=経営者能力への報酬こそが、農業経営の真の付加価値である。
農業所得の算式
粗収益
- 物財費(種苗・肥料・農薬・機械費等)
- 雇用労働費
- 借入地代
- 借入資本利子
=
農業所得
農業所得 = 家族労働費 + 自作地地代 + 自己資本利子 + 利潤
所得の階層分解 ― 4段階で利潤に辿りつく
粗収益
生産物(+副産物)の販売額。生産要素の提供者に分配される原資
農業所得
= 粗収益 − 物財費 − 雇用労働費 − 借入地代 − 借入資本利子
= 家族労働費 + 自作地地代 + 自己資本利子 + 利潤
家族労働報酬
= 農業所得 − 自作地地代 − 自己資本利子
= 家族労働費 + 利潤
経営者労働報酬
= 家族労働報酬 − 経営者以外の家族労働費
= 経営者労働費 + 利潤
利潤
= 粗収益 − 物財費 − 労働費 − 地代 − 資本利子
⇒ 経営者能力への報酬
家族経営では雇用者への支払いがないため「所得が高く見える」。しかし自家労働・自家地・自己資本への機会費用を差し引くと、純粋な利潤=経営者能力への報酬はわずかであることが多い。
SECTION 08
Triple Bottom Line ― 持続可能な農業経営の3条件
農業経営の持続可能性は経済性・環境性・社会性の3条件を同時に満たすことで担保される。1つでも欠ければ、長期的な存続は困難になる。
用語の由来: "Bottom line" とは、損益計算書の最終行=純利益のこと。経済的な収益だけを「ボトムライン」とせず、環境と社会の成果も含めた3つの最終行で経営を評価する、というのが Triple Bottom Line の発想である。
経済性
収益を上げ、コストを回収し、家族・従業員・投資者に適正な報酬を払い続けられること。競争のなかで勝ち残るために必要。
環境性
土壌・水・生態系を劣化させず、次世代が同じ農地で農業を営める状態を維持すること。自然環境への適応のために必要。
社会性
地域コミュニティの維持、食料安全保障への貢献、労働環境の公正さ。社会的認知ないしは社会的受容を獲得するために必要。
3条件が要求する水準は、時代や地域によっても異なる。農業経営は3つの条件のバランスをとりながら持続可能性を発揮することが必要であり、経済性のみを追求する経営は、環境負荷や地域離農を引き起こし、長期的には自らの基盤を損なう。
SECTION 09
PDCAサイクルと経営目的 ― マネジメントのプロセス
農業経営の管理はPDCAサイクルによって循環する。さらに農業経営では、サイクルを将来構想→経営戦略→実施→評価という4段階で具体化する。
P
Plan(計画)
経営目標の設定と生産計画・販売計画の立案
D
Do(実施)
計画に基づく作付け・栽培・収穫・販売の実施
C
Check(評価)
収益・コスト・品質の実績と計画との差異分析
A
Act(改善)
課題を次サイクルの計画に反映し継続的に改善
農業経営における4段階の具体化
PDCA を農業経営に当てはめると、計画段階は「将来構想 → 経営戦略」の2層に分かれる。理念・長期計画を土台に、基本計画・実施計画へと落とし込む。
①
将来構想の構築段階
Plan-1経営理念の確立を行い、経営の長期計画を策定する。「経営が何のために存在しているのか」「どのようなやり方で行うのか」という基本的な考え方を明確にする。
②
経営戦略の構築段階
Plan-2経営目標の実現に向けた基本計画を策定し、実際の事業実施における実施計画へと落とし込む。年度ごとの作付け・販売・投資の具体化が中心。
③
計画の実施
Do計画に従って実際の生産・販売・管理活動を遂行する。記録を残し、次段階の評価に備える。
④
計画の実施後(評価・反映)
Check/Act各計画で設定した目標と実際の成果とを比較評価し、次年度の計画、さらには基本計画の見直しに反映させる。
経営目的の構造
経営理念
経営行動を通じて達成しようとする価値・信念・思想・哲学。例:「消費者に安全で新鮮な農産物を供給する」「消費者ニーズを重視する」。
経営目標
経営行動を通じて経営理念を実現するために設定した具体的な内容。例:「年間売上高1億円」など、測定可能な指標で設定する。
経営目標の変化:生業的 → ビジネス的
生業的・家業的な農業経営では「家族・家産の維持存続・継承」が主要な経営目標であり、それを実現するために必要な収益確保が具体的な収益目標であった。
ビジネスとしての農業経営へと成長する過程では、家族経営であっても、収益に関する目標が他産業並みの所得水準の実現や利潤の実現へと変化するだけでなく、技術革新・需要創造・事業拡大・持続的成長といった目標が設定されるようになる。
SECTION 10
稲作経営の成長経路 ― 規模拡大と販売チャネル
稲作経営の規模拡大は、経営受託が収益性で有利でありながら、一定規模を超えると作業受託も増加するという非線形な経路をたどる。木南(2000)・平田・木南(1999)の実証研究に基づく。
経営成長の4段階 ― スポット部分作業から経営受託への進化
STAGE 01
スポット的
部分作業受託
単発の田植え・収穫など、特定作業のみを都度受託する初期段階
STAGE 02
全作業受託
耕起〜収穫まで全農作業を一括受託。生産管理の責任を負う段階
STAGE 03
経営受託
農地の利用権も含む経営全般を受託。事実上の経営者として規模の経済を享受
STAGE 04
経営受託
+ 継続的部分作業受託
経営受託を主軸としつつ、機械稼働率を高めるため部分作業受託を併用する成熟段階
重要なのは、4段階目で「経営受託+部分作業受託」に戻ること。収益性が高い経営受託に集中するだけでなく、機械の遊休を避けるため部分作業も継続するという、非線形な発展経路が現実の稲作経営に観察される。
取引様式の選択 ― スポット取引と継続的取引
経営成長の各段階では、受託契約の取引様式の選択も論点となる。スポット取引は柔軟性が高い反面、継続性が乏しい。継続的取引は長期的な関係構築によりコスト・リスクを下げるが、相手依存リスクも生じる。両者の長短を踏まえた契約設計が経営者の課題となる。
大規模稲作経営の販売チャネルの選択
販売チャネルは価格・コスト・リスク・現金化の4特性で評価される。経営の規模・販売量・地域条件に応じて最適な組み合わせが変わる。
農協(JA)
- 販売ロットが小さくても対応可
- 代金回収リスクが低い
- 情報・資材サービスとセット
- 価格決定権が弱い
業者・卸売
- 大量・安定供給が必要
- 価格交渉の余地あり
- 品質・規格の要求が厳しい
- 関係構築に時間がかかる
直販・産直
- 高単価の実現が可能
- 消費者との信頼関係が資産
- 販売・物流コストが発生
- 規模拡大には向かない
木南先生の研究から ― 環境マネジメントの実証
木南先生は、稲作経営における受委託の進展と販売チャネルの選択を、農業経営の「外部環境のマネジメント」の具体例として論じている。経営は単独で存在するのではなく、競争相手と取引相手、政策と市場のなかで自らを位置づける必要がある。
受委託の進展では、収益性は経営受託が有利だが、一定規模以上になると作業受託も増加するという非線形な現象が観察される。販売チャネルでは、価格・コスト・リスク・現金化の4特性を踏まえてチャネルを使い分けるという戦略的選択が肝となる。
木南章(2000)「農業経営の外部環境のマネジメント」農業経営研究 38巻4号, pp.15–23.
J-STAGE で読む
平田耕二・木南章(1999)「農協の米集荷・販売と稲作経営の販売チャネル」農業経営研究 37巻1号, pp.133–138.
J-STAGE で読む